人生の経験

ほっとメッセージ 『人生の経験』

株式会社プロ・アクティブ 代表 山口哲史(ニックネーム/ガッツ)

母親から早朝の電話。いつもとは明らかに違う動揺した声でした。

こんにちは。お元気でいらっしゃいますか?

早いもので、今年も残すところあとわずかとなりました。
いろいろなことがあったとは思いますが、何とか無事に大禍なく年の瀬を迎えられる・・・。
普段は気づかない当たり前の日々の中にこそ、健やかな幸せが散りばめられている・・・。
目に見えない大切な根が張っていて、それがきっと私達の生き方や人生を支えているんでしょうね。

少し前になりますが、伊丹で一人で暮らす私の母から、ある月曜日の早朝、電話がありました。
それは、いつもとは明らかに違う動揺した声でした。

「今、救急車で運ばれて病院にいてるねん。日曜日のお昼からお腹が痛くて脂汗が出て、何とか我慢して休み明けの月曜日に病院に行こうと思ってたけど、一睡もできないくらい痛かったので、朝4時に自分で救急車を呼んで先生に診てもらってん・・・。先生が詳しい話を身内の人にしたいので呼んでくれないか?と言うから、悪いけど帰ってきてくれへん?」

そんな母親の言葉に様々なことを想像し、「すぐ帰るからとにかく待っといて。痛みはないの?」と私が話すと、「今は薬と点滴で治まってるわ」と母親。

すぐに新幹線に飛び乗りましたが、道中は「もしかしたら大変な状態で、それで先生が私を呼んだのかも」そんなことが頭をかすめて落ち着かず、病院までの道のりがもの凄く長く感じられました。

ようやく病棟にたどり着き、相部屋のカーテンを開けると、点滴につながれた母親が横になっていました。

「お母さん、大丈夫か?」その一声で母親が起き上がり、「あ~来てくれたん。ありがとう。心配かけてごめんね。昼から内視鏡の検査があって、それまでは詳しいことはわからないねん・・・」と、思ったより元気そうに話してくれました。

「お母さん、もう大丈夫や。思ったより顔色もいいし、声も張りがあるし」私がそう励ますと、「薬と点滴は凄いな・・・。ホンマにあれだけ痛かったのに、今は気にならないからありがたいわ。それより、今まで入院なんかしたことないから、そっちの方が辛いわ」としみじみと言いました。そして「とにかく入院に必要なものを家から持ってきてくれへん?」とも。

何と母親は、下着やタオルなどの一週間分くらいの入院セットを救急車に乗る前に準備していたらしく、激痛の中でも自分で段取りしていた冷静さに、子供ながら妙に感心していました。

その後、内視鏡検査が終わり、先生の「山口さん、心配せんでも大丈夫や。大腸が炎症を起こし、お母さんの我慢強さも手伝ってちょっとひどくなってたみたいやけど、2~3日で炎症も治まるし、1週間で退院できますよ」という言葉を聞いて、母親と二人で胸を撫でおろし、一緒に先生に頭を下げました。

さらに先生は、1ヶ月先に予定している息子2人と水入らずの旅行も「大丈夫」と太鼓判を押してくれ、母親はとても喜んでいました。
その旅行は、母親が元気なうちに故郷に顔を出せる“究極の思い出づくりの旅”になると考え計画していたので、つくづく私も良かったと思いました。

これも3年前に亡くなった父親が見守り支えてくれたんだと心から思い、自宅へ帰り、仏壇の前でその感謝と報告をしました。

住み慣れている家ほど、自分が自分でいられる場所はないんですね。
80歳の声を 聞く手前で悟った?深い歓びだったと思います。

しばらくすると、「ありがとう。もう大丈夫やから。アンタも会社も大丈夫か?無理したらアカンで」と、いつもの母親の心配性のひと言が出てきたので、心の中で「もう安心やな」と思い、私は東京に帰りました。

そして1週間後、母親は無事退院することができました。

電話をすると、「あ~、やっぱり自宅はホンマにいいわ。昨日ゆっくりお風呂に入れたんやけど、最高やったわ」。

それは、声高で張りのある、本当に喜んでいる母親の言葉でした。
やっぱり住み慣れている家の空気感、安心感ほど、しっくりして、自分が自分でいられる場所はないんですね。

母親にとっても、80歳の声を聞く手前で悟った?深い歓びだったと思います。


日常を取り戻し、周りの人々に支えられ、元気にやっている母親の姿が目に浮かび、ありがたい限りです。

人生の経験という、五味。無駄な出来事や体験はひとつもないのですね。

先日、私は伊丹の実家で、母親と一緒に全快祝いの食事をしていました。
団らんのテーブルの向こうでは、尊敬する笑福亭鶴瓶師匠の「鶴瓶の家族に乾杯」という番組が流れていました。
その面白く、ほのぼのとした番組を見ながら、母親は入院した時の思い出話を語ってくれました。

カーテン越しの隣の患者さんが夜中に騒ぐので、2日間1睡も眠れず大変だったけど、この年になっても勉強させられることがたくさんあると感じたこと、救急対応の看護師さんが、テキパキと仕事をこなすその対応力に感心させられたことなど、面白おかしく話す母親と鶴瓶さんのテレビが絶妙にダブり、とてもほのぼのとした幸せな気持ちになりました。

そういえば、鶴瓶さんが違う番組でこんなことを言っていました。

「役者さんも落語家さんも人生でどれだけの体験を積んできたかで、その役者の懐の深さや、間合いの埋め方、落語の登場人物の個性や味わいを醸し出すことができ、その経験が人生や人間関係の引き出しの多さになってくる。だから、いい役者、いい噺家は、いろいろなことを体験して自分の引き出しを増やし、成長させていったらいいんですわ。それが一番の勉強と違いますか?」

何とも味わいのある深い話だと思います。

青柿が雨風を凌ぎ、夏のジリジリとした暑さに耐え、秋風の涼しさと共にようやく甘柿へと熟し、最後は白い粉をふきながら太陽の光と熱にさらされて、しわしわの干し柿となって、味わい深い柿へと成長、熟成していく・・・。
人生の経験という、五味。

即ち、酸っぱい、苦い、甘い、辛い、塩辛い、などの五種の様々な経験を味わい、その種類がその人の本質的な人間味を引き出し、熟成させていくのなら、無駄な出来事や体験はひとつもないのですね。

さて、師走の月。今年一年を振り返って、様々なことがいっぱいあったかと思いますが、終わり良ければ全て良し。

物の見方ひとつで人生は変わりますが、あと一ヶ月、「いろいろあったけど、いい一年だった」と振り返り、夫婦、家族、会社の仲間や友人たちと、ほのぼのと幸せな時間を共有しながら、いい年の瀬を迎えたいものですね。

最後になりましたが、今年一年本当に温かいご愛顧、ご支援をいただき、ありがとうございました。
来たる2017年が、素晴らしい年になりますことを祈念しつつ、良いお年をお迎え下さい。

大感謝

Guts

 

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