竹布開発者が語る「ものづくりの心」



2007年3月17日 竹布 開発者 相田社長を招いて

-「竹布がどのような想いで作られているのか」感じていただきたい。
相田さんの想いが伝わると、きっともっと竹布が好きになる-。


実際に竹布をご使用いただいている方に、開発者の想いをお届けしたいと考え、相田さんを招いて講演会を開催いたしました。
土曜日の午前中にお越しいただき、 ありがとうございました。

相田さんが、「僕は話すことが苦手だから」と何度もおっしゃいながら、心を込めて話してくださった事は、忘れかけていた「豊かさ」を思い出すきっかけとなったように思います。

誰に届けたいか?が、モノづくりの原点。

◎ある夏の夕暮れに
もう何年も前、竹布を作り始める前のことです。
ある夏の夕暮れ、荒川の土手で男の子たちがグライダーを楽しそうに飛ばしてたんですね。
それを小学校5年生の女の子がうらやましそうに見てるんです。
あまりにもじーっと見ているので、つい声をかけてしまったんです。

「グライダーやりたいの?」って聞いたら、「やりたいけど、飛行機のカタチをしてるから、男の子みたいだって言われるのがイヤなの。だから、やりたいけど、やらないの」って言うんですよ。

後ろ髪を引かれるように帰っていったその姿を見て、「ああ、私は飛行機のカタチをしていないグライダーを、この女の子のために作ってあげよう」って思ったんですね。
それから、女の子も楽しく飛ばせるような、マンタとかエイなど海の生き物のカタチをしたグライダーを作ったんです。

◎真っ先に考えること
そして、それをどうやって彼女に届けようかと考えました。
彼女の住まいも、学校も聞いていなかったので、探しようがない。
そこで、荒川のそばに「セブンイレブン」があったのを思い出し、置いてもらおうと考えたんです。そこにあれば、きっと彼女が見つけてくれるだろうと。ところが、チェーン店なので、独自の仕入れはできないとのこと。

結局「セブンイレブン」の本部まで行きましてね、経緯をじっくり説明して掛け合いました。それで、奇跡的に販売してもらえることになったんです。そうしたら、意外なことに爆発的に売れてしまったのです。
当然、「セブンイレブン」側は、もっと作れと言います。

でも、私にすれば、その中の一個を彼女が買って、遊んでくれたらそれでいいわけで、何万個と売る目的で作ったわけではありません。
彼女に届けるその一機を作りたいという思いだけで、量産することをなど考えてもいなかったので、もっともらしい理由でお断りしました。

私の場合、モノを作るときに、どれくらいの量を作って、どれくらい売ったら、どれだけの売り上げになって、どれくらいの利益が出るかということに考えが及ばないのです。
まず考えるのは、これを「誰に届けたいか」ということだけですね。

竹布は、買ってくれた後が始まり。

◎竹布の役割
竹布は、最初は「心地よさ」を追求して作っていました。
しばらく使っているうちに、あれ、と思ったのです。
「臭くならない...。」
通常のタオルは、浴室に置いておくと、3ヶ月もすると臭ってくるのですが、竹布タオルは、いつまでも臭くならなかったのです。
そこで食品分析センターに分析をお願いしたところ、 センターの方から驚きの電話がかかってきました。

綿と竹繊維と、両方に 4万個の " MRSA(メシチリン耐性黄色ブドウ球菌)院内感染菌 " を接種したところ、37℃で18時間経った後、綿は4万あった菌が、400万個に増殖していました。
ところが竹繊維は、4万あった菌が、0(検出不能)になっていたそうです。

びっくりした検査官は、同じテストを3回行ったそうですが、3回とも同じ結果になったとのことでした。この検査結果を聞いたとき、わたしの中では、あることが思い浮かばれました。

「人が最も痛み苦しんでいる時に、
そっと寄りそう一枚のガーゼ」


という言葉が自然と出てきたのです。薬品がなくても菌を死滅させる、ということは、薬品を使えない人(赤ちゃんや肌の弱い人)に役立つことができるのではないか。と考えたのです。

竹繊維は、ガーゼとして医療分野で活躍する可能性を持ち、実際に中国では認可されて病院で使用されています。

◎メーカーとしてではなく...
従来の抗菌繊維は、繊維に後から抗菌剤を添加していました。
ですので、何回か洗濯すると抗菌性が落ちてしまうのです。

同様に、売り場に並ぶタオルは柔軟剤を使って柔らかくし、いかに「購入時に最高の状態であるか」に配慮されています。
わたしは、こういうメーカーのあり方を疑問に思いました。

綿や絹の長い歴史に比べ、竹はまだまだ発展途上。
1枚のタオルを作るにも、些細なことが全て壁になり、試作に何日もかけることもあります。でもそれは、メーカーとしてではなく「買ってくれたお客様に、いかに幸せになってもらうか」を考えているからなのです。

竹布は、買ってくれた後からが始まりです。
使っていただくうちに、もっと気持ちよく使っていただけるように。
そしていつも、生活に寄り添ってくれるように。

笑顔が一番、免疫力をあげます。

綿の製造は、搾取によって安価を実現しているのです。 農民を搾取し、加工メーカーを搾取し、そんな中で生まれた繊維が、喜ばしい結果を生み出すでしょうか。
わたしは、人にも地球にもやさしく、搾取することなく、竹布を生み出して行きたいと考えています。笑顔が一番、免疫力をあげます。

竹布の良さを感じていただけたら、隣の人に伝えてください。その方もまた良かったら、また隣の人に伝えてください。そうやって、地球をぐるっと一週して、そして自分の所にも何か返ってくるのではないかと思っています。

そんな物作りをしています。

小さい頃は、Tシャツに海水パンツ、そして麦わら帽子に虫取り網を持って家を飛び出していたという相田さん。そんな昔話をお聞きしながら、時代がタイムスリップしたような感じを受けました。
その頃の相田少年の純粋で誠実な心が、今もなお竹繊維にのっているのだなぁと感じました。^^ 
竹布をご愛顧の際には、今回のお話を少し思い出してみてくださいね。
ありがとうございました。
 
竹布開発者:相田雅彦 氏
プロフィール:(株)NAFA生活研究所 代表取締役、竹布開発者
大学卒業後、フリーの美術記者として作家の取材をしているうちに、モノづくりの厳しさに感動。 その世界に身を投じて20年が過ぎる。つねに心がけてきたのは「純粋な魂の表現」。
竹繊維の開発を始めてからは他の仕事を一切やめ、竹の心に耳を傾けることに専念する
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相田さん
 
  相田 雅彦(そうだ まさひこ)

1956年 長崎県生れ。子供時代は海と山に育てられる。
1983年 大学卒業後すぐにフリーの美術記者として独立。多くの芸術家や職人達を取材する中で彼らの厳しい物作りの生き方に感動し、筆を折る決心をする。アートかプロダクツか進路を迷うが、プロダクツの世界に進むことを決意。
1986年 29歳でドイツ製ガラス製品の卸売業を始める。
1987年 30歳よりオリジナルガラス製品(食器・花瓶・アクセサリー等)の企画、デザイン、製造、販売を始める。
1991年 信頼するガラス職人の急死により、ガラスを卒業。それ以降は石鹸から玩具まで最適な素材を選択し、企画、開発、OEM生産を中心に商品開発を行う。
1996年 40歳で(株)ナファ生活研究所を設立。ナファとはNATURAL-FAVOR(自然の恵みの意)、43歳で竹から繊維を作ることを発想、45歳で竹繊維の素晴らしい抗菌力を発見し、その役目を確信する。8年間の素材開発と製品開発により竹の心を知り、「人が最も痛み苦しんでいるその時に、そっと 寄り添い、ただひたすら快癒を祈る」それが竹布の役割であると50歳にして天命を自覚する。
 


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